2008年07月13日
戦国時代検定 4
1 (四択)
1600年の 「関ヶ原の戦い」 で東軍の総大将を務めた武将は?
1 石田三成
2 毛利輝元
3 徳川家康
4 小早川秀秋
⇒3 (徳川家康)
2 (線結び)
次の文字列を組み合わせて 「賤ヶ岳の七本槍」 と呼ばれた戦国武将の名前にしなさい。
A 平野 1 武則
B 片桐 2 且元
C 糟屋 3 長秦
⇒Aと3 Bと2 Cと1
3 (四文字)
戦国時代に土佐国の長宗我部氏によって行われた農兵制度を何という?
⇒一領具足
4 (〇×)
似た名前の戦国武将・浅野長政と浅井長政のうち、豊臣秀吉の五奉行に数えられたのは浅野長政である。
⇒〇
5 (ビジュアル)
織田信長と豊臣秀吉が政権を握った時代です。
※(キューブ) だ し ょ ほか 八面体
⇒しょくほうじだい
⇒てんしょうじだい
どっちか。
6 (四択)
(天正遣欧使節で)肥前の戦国大名・大村純忠と有馬晴信の名代を務めたのは?
1 中浦ジュリアン
2 千々石ミゲル
3 伊東マンショ
4 原マルティノ
⇒2 (千々石ミゲル)
↓おもにウィキペディアへ↓
1600年の 「関ヶ原の戦い」 で東軍の総大将を務めた武将は?
1 石田三成
2 毛利輝元
3 徳川家康
4 小早川秀秋
⇒3 (徳川家康)
2 (線結び)
次の文字列を組み合わせて 「賤ヶ岳の七本槍」 と呼ばれた戦国武将の名前にしなさい。
A 平野 1 武則
B 片桐 2 且元
C 糟屋 3 長秦
⇒Aと3 Bと2 Cと1
3 (四文字)
戦国時代に土佐国の長宗我部氏によって行われた農兵制度を何という?
農 領 足 一 具
二 離 兵 分 手
二 離 兵 分 手
⇒一領具足
4 (〇×)
似た名前の戦国武将・浅野長政と浅井長政のうち、豊臣秀吉の五奉行に数えられたのは浅野長政である。
⇒〇
5 (ビジュアル)
織田信長と豊臣秀吉が政権を握った時代です。
※(キューブ) だ し ょ ほか 八面体
⇒しょくほうじだい
⇒てんしょうじだい
どっちか。
6 (四択)
(天正遣欧使節で)肥前の戦国大名・大村純忠と有馬晴信の名代を務めたのは?
1 中浦ジュリアン
2 千々石ミゲル
3 伊東マンショ
4 原マルティノ
⇒2 (千々石ミゲル)
↓おもにウィキペディアへ↓
1 (四択)
徳川家康 ⇒ 東軍総大将 (ウィキペディア 「関ヶ原の戦い」)
この問題は、西軍の総大将を聞いていると勘違いして回収しました。
西軍の総大将は、石田三成ではなく毛利輝元です。
2 (線結び)
平野長秦(ひらのながやす) (ウィキペディア)
「七本槍の中で唯一大名になれなかった」
片桐且元(かたぎりかつもと) (ウィキペディア)
「豊臣秀吉より豊臣姓をゆるされる」
糟屋武則(かすやたけのり) (ウィキペディア)
「関ヶ原にて七本槍の中で唯一西軍に加わ」る。
その他の七本槍。
福島正則
加藤清正
加藤嘉明
脇坂安治
3 (四文字)
一領具足(いちりょうぐそく) (ウィキペディア)
4 (〇×)
〇
浅野長政、浅井長政のうち、豊臣秀吉の五奉行に数えられたのは、浅野長政です。 (リンク・ウィキペディア)
残りの四奉行
石田三成
前田玄以
長束正家
増田長盛
ちなみに増田長盛は ましたながもり と読む模様。注意が必要。
5 (ビジュアル)
おそらくどちらかです。
本命 織豊時代 しょくほうじだい
対抗 天正時代 てんしょうじだい
次にまたこの問題に当たってみなければなんともいえません。
※参考→安土桃山時代 (ウィキペディア)
6 (四択)
千々石ミゲル (ウィキペディア)
「ちぢわみげる」と読む模様。注意が必要。
「ちぢいし」で変換せんなぁ、と思っていたら「ちぢわ」で簡単に変換。ショック。
この問題は、戦国時代検定3 の伊東マンショ(大友宗麟の名代) が答えである四択の分岐問題。
ちなみに千々石ミゲルは、四人の中でただ一人、「後に棄教してキリスト教から離れた」のです。
徳川家康 ⇒ 東軍総大将 (ウィキペディア 「関ヶ原の戦い」)
この問題は、西軍の総大将を聞いていると勘違いして回収しました。
西軍の総大将は、石田三成ではなく毛利輝元です。
2 (線結び)
平野長秦(ひらのながやす) (ウィキペディア)
「七本槍の中で唯一大名になれなかった」
片桐且元(かたぎりかつもと) (ウィキペディア)
「豊臣秀吉より豊臣姓をゆるされる」
糟屋武則(かすやたけのり) (ウィキペディア)
「関ヶ原にて七本槍の中で唯一西軍に加わ」る。
その他の七本槍。
福島正則
加藤清正
加藤嘉明
脇坂安治
3 (四文字)
一領具足(いちりょうぐそく) (ウィキペディア)
平時には田畑を耕し、農民として生活をしているが、領主からの動員がかかると、一領(ひとそろい)の具足(武器、鎧)を携えて、直ちに召集に応じることを期待されていたとのこと。
4 (〇×)
〇
浅野長政、浅井長政のうち、豊臣秀吉の五奉行に数えられたのは、浅野長政です。 (リンク・ウィキペディア)
残りの四奉行
石田三成
前田玄以
長束正家
増田長盛
ちなみに増田長盛は ましたながもり と読む模様。注意が必要。
5 (ビジュアル)
おそらくどちらかです。
本命 織豊時代 しょくほうじだい
対抗 天正時代 てんしょうじだい
次にまたこの問題に当たってみなければなんともいえません。
※参考→安土桃山時代 (ウィキペディア)
6 (四択)
千々石ミゲル (ウィキペディア)
「ちぢわみげる」と読む模様。注意が必要。
「ちぢいし」で変換せんなぁ、と思っていたら「ちぢわ」で簡単に変換。ショック。
この問題は、戦国時代検定3 の伊東マンショ(大友宗麟の名代) が答えである四択の分岐問題。
ちなみに千々石ミゲルは、四人の中でただ一人、「後に棄教してキリスト教から離れた」のです。
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