2008年09月11日
高校野球検定 9
1 (四文字)
1999年の高校野球、夏の甲子園で桐生第一高校が優勝した時の四番打者で、現在はプロ野球の楽天に所属しているのは誰?
⇒大廣翔治
2 (スロット)
1985年の高校野球、夏の甲子園でPL学園が記録した、春夏通じて1試合における得点の最多記録は何点?
※数字2文字
⇒29(点)
3 (連想)
吉田剛
石田文樹
大野久
松沼博久
A 東北高校
B 水戸商業
C 取手二高
D 土浦日大
⇒C (取手二高)
4 (四文字)
1995年の高校野球、夏の甲子園で星稜高校が準優勝した時のエースで、慶応大、近鉄を経て、現在はオリックスに在籍しているのは?
⇒山本省吾
5 (タイピング)
1976年の春のセンバツ高校野球で、初出場で初優勝を成し遂げた広島県の高校は〇〇高校?
〇の漢字をひらがなで答えなさい。
⇒そうとく[崇徳高校]
6 (タイピング)
2006年の高校野球、夏の甲子園決勝再試合で2試合とも先発した駒大苫小牧の投手は〇〇翔太?
〇の苗字をひらがなで答えなさい。
⇒きくち[菊地翔太]
↓その他情報など↓
1999年の高校野球、夏の甲子園で桐生第一高校が優勝した時の四番打者で、現在はプロ野球の楽天に所属しているのは誰?
治 弘 信 廣 田
太 翔 孝 大 島
太 翔 孝 大 島
⇒大廣翔治
2 (スロット)
1985年の高校野球、夏の甲子園でPL学園が記録した、春夏通じて1試合における得点の最多記録は何点?
※数字2文字
⇒29(点)
3 (連想)
吉田剛
石田文樹
大野久
松沼博久
A 東北高校
B 水戸商業
C 取手二高
D 土浦日大
⇒C (取手二高)
4 (四文字)
1995年の高校野球、夏の甲子園で星稜高校が準優勝した時のエースで、慶応大、近鉄を経て、現在はオリックスに在籍しているのは?
越 本 英 吾 山
伸 隆 川 省 司
伸 隆 川 省 司
⇒山本省吾
5 (タイピング)
1976年の春のセンバツ高校野球で、初出場で初優勝を成し遂げた広島県の高校は〇〇高校?
〇の漢字をひらがなで答えなさい。
⇒そうとく[崇徳高校]
6 (タイピング)
2006年の高校野球、夏の甲子園決勝再試合で2試合とも先発した駒大苫小牧の投手は〇〇翔太?
〇の苗字をひらがなで答えなさい。
⇒きくち[菊地翔太]
↓その他情報など↓
1 (四文字)
大廣翔治(おおひろしょうじ) (ウィキペディア)
高校通算44本塁打。
甲子園で優勝したときはどうやら2年生だったようで、そのときのエースが正田樹でした。
また、同級生には一場靖弘もおり、現在もチームメイトということになります。
2 (スロット)
PL学園 29対7 東海大山形
あぁ、これ覚えてるな~。29点だったか。
KKコンビ最後の夏だったらしく、この試合、清原も投手としてマウンドに上がったとのこと。
3 (連想)
取手二高出身者 (ウィキペディア)
▼吉田剛(よしだたかし)
1984年の夏の甲子園に取手二高の主将として出場し、KKコンビのいるPL学園を破り優勝。桑田から本塁打も。
その後近鉄に入団。以後阪神でもプレイ。
石田文樹とは同級。
▼石田文樹(いしだふみき)
吉田と同級生で、PLを破って優勝したときのエース。
早稲田大に進学し、社会人野球を経て横浜(当時大洋)に入団。
※石田文樹問題あり→高校野球検定2
▼大野久(おおのひさし)
1977年、1978年に甲子園出場。
東洋大→日産自動車→阪神→ダイエー→中日
阪神時代は村山監督から「少年隊」と呼ばれるメンバーの一員にも。
現在は東洋大牛久高校の監督。※タイピングで出題されます。
▼松沼博久(まつぬまひろひさ)
西武で活躍した松沼兄弟のお兄ちゃんの方。
ちなみに弟の雅之氏も取手二高出身。
4 (四文字)
山本省吾(やまもとしょうご) (ウィキペディア)
準優勝したとき、決勝で戦ったのは帝京高校でした。
これまでは中継ぎとしての登板が主だったのですが、今年(2008年)は先発として活躍。オールスターにも監督推薦で選出された模様。
成績もなかなかです。
5 (タイピング)
崇徳(そうとく)高校 (ウィキペディア)
参考→第48回選抜高等学校野球大会 (ウィキペディア)
ちなみに決勝の相手は栃木の小山高校でした。
初出場初優勝の高校は、結構あります。※→激闘甲子園物語
6 (タイピング)
菊地翔太(きくちしょうた)
マーくんこと田中将大投手は先発ではなかったのです。
しかし、1対1で引き分けとなる決勝第1戦では、菊地投手は2回1/3、第2戦では2/3回で田中投手に交代しています。※リンク=asahi.com
大廣翔治(おおひろしょうじ) (ウィキペディア)
高校通算44本塁打。
甲子園で優勝したときはどうやら2年生だったようで、そのときのエースが正田樹でした。
また、同級生には一場靖弘もおり、現在もチームメイトということになります。
2 (スロット)
PL学園 29対7 東海大山形
あぁ、これ覚えてるな~。29点だったか。
KKコンビ最後の夏だったらしく、この試合、清原も投手としてマウンドに上がったとのこと。
3 (連想)
取手二高出身者 (ウィキペディア)
▼吉田剛(よしだたかし)
1984年の夏の甲子園に取手二高の主将として出場し、KKコンビのいるPL学園を破り優勝。桑田から本塁打も。
その後近鉄に入団。以後阪神でもプレイ。
石田文樹とは同級。
▼石田文樹(いしだふみき)
吉田と同級生で、PLを破って優勝したときのエース。
早稲田大に進学し、社会人野球を経て横浜(当時大洋)に入団。
※石田文樹問題あり→高校野球検定2
▼大野久(おおのひさし)
1977年、1978年に甲子園出場。
東洋大→日産自動車→阪神→ダイエー→中日
阪神時代は村山監督から「少年隊」と呼ばれるメンバーの一員にも。
現在は東洋大牛久高校の監督。※タイピングで出題されます。
▼松沼博久(まつぬまひろひさ)
西武で活躍した松沼兄弟のお兄ちゃんの方。
ちなみに弟の雅之氏も取手二高出身。
4 (四文字)
山本省吾(やまもとしょうご) (ウィキペディア)
準優勝したとき、決勝で戦ったのは帝京高校でした。
これまでは中継ぎとしての登板が主だったのですが、今年(2008年)は先発として活躍。オールスターにも監督推薦で選出された模様。
成績もなかなかです。
5 (タイピング)
崇徳(そうとく)高校 (ウィキペディア)
参考→第48回選抜高等学校野球大会 (ウィキペディア)
ちなみに決勝の相手は栃木の小山高校でした。
初出場初優勝の高校は、結構あります。※→激闘甲子園物語
6 (タイピング)
菊地翔太(きくちしょうた)
マーくんこと田中将大投手は先発ではなかったのです。
しかし、1対1で引き分けとなる決勝第1戦では、菊地投手は2回1/3、第2戦では2/3回で田中投手に交代しています。※リンク=asahi.com
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